先祖探し掲示板 239735


遺跡相続と家督相続の違い

1:慶三郎 :

2017/07/17 (Mon) 08:53:10

新参者です。
旧土地台帳に「遺跡相続」という表現がありました。家督相続とほぼ同内容
であると思うのですが、家督相続とどう違うのでしょうか。
お分かりの方いらっしゃいますか。ご教示下さい。
あと、読みは『ゆいせきそうぞく』で間違ってないでしょうか。
よろしくお願いします。
2:安兵衞 :

2017/07/17 (Mon) 10:30:29

慶三郎様、はじめまして。

遺跡(ゆいせき・いせき)相続とは時代がかった語で、死者の跡目を継ぐこと、つまり家督相続のことです。

土地台帳は明治22年頃から整備されたものですので、当時なおそのような表現を使っていたことは初耳ですが、もしかしてその記載は印判ではなく手書ではありませんか?

民法施行(明治31年7月16日)後であれば相続形態は家督相続と遺産相続の二本立てとなりますので、拝読した時は一瞬「遺産相続の間違いでは」と思いましたが、名義が前戸主から新戸主に変更されていることが明らかならば、家督相続のことで間違いないと思います。
3:慶三郎 :

2017/07/17 (Mon) 12:01:11

http://bbs8.fc2.com//bbs/img/_336600/336566/full/336566_1500260471.png 安兵衛さま御回答ありがとうございます。

旧土地台帳の該当箇所の抜粋画像ファイルです。
全員苗字は同じです。
◯◯◯壽と◯◯◯郎は夫婦で入夫婚姻です。
◯◯◯壽の前の所有主の◯◯◯吉が◯◯◯壽の父親かどうかは
除籍謄本に◯◯◯壽の養母と養祖父しか載ってないので
分かりません。兄か祖父か叔父の可能性も有り得るでしょうか。


「遺跡相続」は印字のように見えます。
九州の田舎なので中央からのお達し等にタイムラグがあって
遺跡相続という表記を使っていたのかと素人推理してます。
4:慶三郎 :

2017/07/17 (Mon) 12:08:47

訂正です。
誤 「遺跡相続」は印字のように見えます。
正 「遺跡相続」は印判のように見えます。
5:安兵衞 :

2017/07/17 (Mon) 13:14:43

相続時期を拝見すると民法前で、まだ家族法や相続法が確立していない時代だったので、「遺跡相続」なる語が通用していたものと推測します。

明治19年式戸籍の相続事項では単に「相続」の語を使用していることからも判るように、「家督相続」の語が制度上確立するのは民法からです。

入夫●郎が家督相続する前の、「戸主 ●壽」戸籍はないのでしょうか。その戸籍に前戸主の記載がある筈ですが。

レスにある「除籍謄本」が「戸主 ●郎」戸籍だとすれば、●吉は●壽の養父かもしれません。つまり、●壽が●吉の養女になった後、相続したのではないかということです。
6:慶三郎 :

2017/07/18 (Tue) 00:29:13

http://bbs8.fc2.com//bbs/img/_336600/336566/full/336566_1500305353.png 安兵衛さま御回答ありがとうございます。

除籍謄本の該当箇所の抜粋ファイルです。
サイズオーバーだったので三分割してます。
見づらくてすいません。
役所の窓口ではこれ以上遡れないと言われたのですが、
もう一度行って戸主◯◯◯壽の戸籍がないか確かめて
みようと思います。除籍謄本に実父なり養父が載ってない
のが腑に落ちないのですが、母方の家系で系譜がシンプル
じゃないので細かいことは直接聞きにくい状態です。
先の旧土地台帳とこの除籍謄本からは◯◯◯吉が◯◯◯壽
の実父とは断定できないですよね。
有り得そうな順番は1.実父 2,養父 3.兄 4.祖父 5.叔父かと
推測するのですが。

話は変わりますが、
旧土地台帳の定義を敢えて書くとすれば、
『旧土地台帳は1889年明治22年3月土地台帳規則制定頃から
1960年昭和35年3月不動産登記法の一部を改正する等の法律で
登記簿と台帳が一元化される頃まで利用された土地の所有者等の
諸情報を記録した台帳』
で間違ってないでしょうか。
7:慶三郎 :

2017/07/18 (Tue) 00:30:42

http://bbs8.fc2.com//bbs/img/_336600/336566/full/336566_1500305443.png 画像三分割の二枚目です。
8:慶三郎 :

2017/07/18 (Tue) 00:31:55

http://bbs8.fc2.com//bbs/img/_336600/336566/full/336566_1500305515.png 画像三分割の三枚目です。
9:安兵衞 :

2017/07/18 (Tue) 19:15:13

>除籍謄本に○○○壽の養母と養祖父しか載っていないので

戸籍を拝見しましたが、戸主●郎の養母と養祖父ですね。となると●壽の前戸主は●壽の養父ではないということになりそうです。

名欄の右欄は「父母および父母との続柄欄」「夫欄」と呼ばれていて、私生子以外は父および父との続柄が記されます。父母の名には戸主から見た続柄を冠します。夫のある女子には夫の名が記されますが、本事例のように夫が他家からの入籍者の場合、夫の側に妻の名が記される事例もよく見られます。

さて本戸籍から判ることを時系列でまとめると、
1. ●壽はトリの私生子(父でなく母の名が記され、続柄の「私生」が塗抹されている)で、出生時からトリの戸籍に在籍していた。
2. ●壽が家督相続(相続原因は不詳)し、女戸主になった。
3. ●郎は他家の戸主であったが、願済(裁判所の許可を得たこと)により廃家(他家に入る目的で戸主が家を消滅させること)の上、●壽家に入籍(婚姻入籍と思われる)した。
4. ●郎(=仙三郎?)がトリと養子縁組した。
5. ●壽が隠居し、●郎が家督相続して戸主になった。

以下は全くの推測ですが、●壽出生時、●吉とトリは内縁関係で、その後入籍(トリの父の記載があることから、●吉も婿だった可能性がある)したが、●吉は●壽を認知しないまま死亡したとの仮説が成り立ちます。

しかしこの場合、●吉と●壽は法的な父子関係はありませんから、●壽が●吉の家督を相続することはできず、●吉の跡はトリが相続し、更にトリが隠居して●壽が家督相続したと考えられます。

戸籍上は●吉→トリ→●壽の順で相続された一方で、土地台帳上では所有権保存登記(所有権未登記の土地に初めて所有権登記をすること)がされていないところを見ると、登記上は●壽が相続の際に●壽名義で初めて所有権の登記をしたのかもしれません。

●壽が家督相続してわずか17日後に登記されているあたり、「遺跡相続」を「遺産相続」と解するのは難があると思います。つまり代替りにより相続された土地ということで、家族(=戸主以外の者)や親族から相続したものではないということです。

となると●吉が傍系血族(兄・叔父)だとすれば、少なくとも戸主であって、相続順位の劣る私生子の●壽以外に嗣子がなかったということになります。また●壽の祖父は慶七であることが戸籍上明らかです。


旧土地台帳についてですが、定義と言えるか分かりませんが、地租目的の課税台帳であり、土地の物理的現況(土地名称・地番号・地目・面積など)を登録したもので、所有主名は従たるものです。所有権その他の権利関係については土地登記簿に登録されます。かつてはこの二本立て方式だったのですが、租税が地租から所得税に重きが置かれるようになっていったことで、土地台帳の意義が相対的に低下し、非効率的でもあり、のちの土地登記簿の表題部に吸収される形で一元化されました。
10:慶三郎 :

2017/07/19 (Wed) 00:12:37

安兵衛さま御回答ありがとうございます。
貴殿の慧眼に感服しております。三回読んでやっと全てを理解
しました。
母が先祖のこと話したがらない理由が分かりました。自分でも
知らなければよかった先祖情報でもあります。
私生子の『私生』を塗抹してあるのは絶対分からなかったことです。
ありがとうございます。不自然に空間があるなあと思ってはいた
のですが。

以下の三点は確定事項という理解でよろしいでしょうか。
1.◯壽の実母生母はトリである
2.トリの実父は慶七である
3.◯壽の実祖父は慶七である

前戸主欄の右の空欄は所謂族籍欄でしょうか。
これら塗抹処理されてる箇所は担当の市役所職員は何と記されて
いるか見ることはできるのでしょうか。


11:安兵衞 :

2017/07/19 (Wed) 06:40:19

親子関係については、実祖父慶七→実母トリ→●壽であることは、「戸籍上は」間違いありません。

●壽が私生子であることも同様です。

前戸主欄の右欄は族称欄といいます。

塗抹は原本を白く塗り潰してあるので、何と書いてあったか確認することはできませんし、戸籍の電算化移行に伴い、紙の戸籍もディスクに入力されて管理されるようになると、紙の戸籍は廃棄してよいことになっていますので、役場職員といえどももはや塗抹事項を確認することはできません。

あと、推測部分はあくまで推測に過ぎないと考えて下さい。
12:慶三郎 :

2017/07/20 (Thu) 13:00:34

http://bbs8.fc2.com//bbs/img/_336600/336566/full/336566_1500523234.png 画像ファイルは◯郎の養父である◯◯仙三郎が戸主の除籍謄本です。
◯郎はA家の廃家願済後、B仙三郎の養子になってC◯壽と入夫婚姻して
C家で死亡してるので二回も苗字が変わってることになります。
B仙三郎も別のD家からB家の娘に入夫婚姻してます。
父方の系譜がシンプルすぎるでバランスの悪い家系図になりそうです。
実名を載せて説明したほうが分かりやすいと思うのですが、子孫が数十人
はいるので念のため個人情報を最低限にしてます。
因みに我が家含めてA家、B家、C家、D家とも半径5km圏内です。


◯郎が戸主の除籍謄本に長男の欄が存在せず、次男から載ってます。
どういう経緯でこうなってるのでしょうか。長男が死産若しくは母体から
出てくる前に死亡したのでしょうか。

異例なケースが多くて困ってます。


塗抹処理について
住所の番地が書いてあってもいいような箇所と氏名の間の不自然な空間
も何か塗抹処理を施してあるのでしょうか。

画像ファイルを2分割してます。
13:慶三郎 :

2017/07/20 (Thu) 13:02:13

http://bbs8.fc2.com//bbs/img/_336600/336566/full/336566_1500523333.png 画像ファイル二分割の二です。
14:安兵衞 :

2017/07/20 (Thu) 19:46:01

●郎と仙三郎は別人だったのですね。「入籍」の語が二つもあるので疑問だったのですが、今回の投稿文を拝読して溜飲が下がりました。

となると、C家における●郎の身分事項欄に、●郎がB家へ入籍した事実まで記載してあるということは、C家にとってはなかば他家に係る事項ということになるので、このような事例は初めて目にしました。

明治19年式戸籍では具体的記載例が法定化されていないので、変則的な事項となると、このような場で限られた提示条件から全体像を解読するのは、正直骨が折れます。

再度時系列で整理してみると、
1. A●郎、廃家してB仙三郎へ養子入籍。
2. B●郎、C●壽と壻養子縁組入夫婚姻。 …●壽の母トリが、●郎の養母となっているので、●郎は仙三郎養子の肩書のままでトリの養子にもなった(「転縁組」という)。
3. C●壽隠居、C●郎家督相続。

>○郎が戸主の除籍謄本に長男の欄が存在せず、次男から載ってます。

「戸主 C●壽」戸籍の時代に、長男が出生・記載され、そして死亡・除籍された為、家督相続後の「戸主 C●郎」戸籍に長男が移記されなかっただけのことだと思います。原戸籍で除籍された者は、新戸籍に移記されることはありません。長男に関する事項は、原戸籍である「戸主 C●壽」戸籍を確認するしかありません。

死産であればその子は法律上は人ではありませんから、そもそも戸籍に記載されることもありません。

>塗抹処理について

本籍(住所)と戸主名の間には、族称が記載されていて、戦後に原本に塗抹処理を施したものです。
15:慶三郎 :

2017/07/21 (Fri) 01:39:26

安兵衛さま御回答ありがとうございます。

◯郎の養父が戸主の除籍謄本をUPするの控えててすいません。
こちらも判断材料として必要でしたね。無駄にお手を煩わせて
申し訳ありません。
転縁組という言葉は初めて知りました。
一口で養子縁組といっても色々な様態があるのですね。

今までにUPした抜粋資料等をもとに分析総合すると改めて旧土地
台帳に載ってる◯◯◯吉なる人物は◯◯トリとその私生子女◯壽に
とってどのような関係の人物と推定されるでしょうか。
トリと内縁関係にあって◯壽を認知しなかったか認知する前に死亡
した人物という推測が妥当でしょうか。


塗抹処理について
戦前の役場職員は塗抹処理されてない戸籍を見れる立場にあったので
どこの家が士族とか平民とか分かってたのでしょうか。
16:安兵衞 :

2017/07/21 (Fri) 02:31:40

●吉の位置付けに関する推測は変わりません。仙三郎は●郎●壽夫婦とは親族関係を有するものの、●壽の親から上の人達とは親族関係がありません。

役場職員は族称を見ることは可能な立場にあったといえます。但しあくまでも職務上に限ります。

ただ、大正4年式戸籍からは身分事項欄の族称記載は廃止されましたし、族称欄の記載も平民については省略、更に昭和18年司法省令第58号により、族称欄自体廃止されます。

戦後の新法戸籍施行と共に、族称は塗抹対象になりますが、昭和40年代までまだまだ未処理のものが見られました。現在でも塗抹漏れのままディスクに入力されてしまったものが時々見られます。

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